mail us!!

工文社 建築仕上げ技術誌2013年7月号 
コンクリート打ち放しの最新動向 インタビュー記事です


行ってきました伊勢神宮<建築家から見た伊勢神宮 遷宮>
 
                             工文社:月刊 建築仕上げ技術誌2013年11月号掲載

JR線・近鉄線の伊勢市駅から参道を抜けて、正面の火除橋を渡り、左手に「せんぐう館」を見ながら進むと、左手に「手水舎(てみずしゃ)」、さらに進むと第一の鳥居です。ここで一礼し神域に入ると、そこはとした神域です。表参道を300mほど進むと右手に豊受大御神を祭る御正殿が見えてきます。これは正確にいうと御正殿の外周の塀で、御正殿は外部からはほとんど見えません。新築なった御正殿は塀も鳥居も総檜造りで、かなり離れたところからでも、檜の香りが漂ってきます。御正殿には近づけないので、玉垣の門から御正殿を拝することになります。御正殿は、内宮、外宮共に「唯一神明造(ゆいつしんめいづくり)」と呼ばれる建築様式ですが、「千木(ちぎ)」と呼ばれる屋根を突き抜けている破風の先端の切り口が、外宮は「外削ぎ」と言って垂直に、内宮は「内削ぎ」と言って水平になっています。内宮と外宮のもう一つの違いは、棟押さえに当たる「堅魚木(かつおぎ)」の数が内宮は女神なので10本、外宮は男神なので9本だそうです。そして、御正殿は「平入り」となっています。訪れたのが、遷御が終わったばかりだったので、新宮と旧宮が一挙に見ることができました。新宮の匂い立つ檜の白木、見事に切りそろえられた萱葺屋根、金色に輝く堅魚木、敷き詰められた御白石と清石。美しさと荘厳さを兼ね備えています。一方、旧宮は20年という歳月の流れを彷彿とさせる外観を呈しています。風雨に耐えてきた萱葺屋根や、少し色が濃くなってきている白木の檜柱などは「侘」を感じさせます。旧宮も日本の建築美を象徴していると言えます。

外宮参拝の後、勾玉池のほとりにある「せんぐう館」へと向かいます。「せんぐう館」は今回の遷宮に合わせて2012年(平成24年)に開館した博物館で、そのデザインは現代風にいうなら「和モダン」と言ったところでしょうか。ここには「遷宮シアター」と展示室があり、外宮殿社配置模型(1/20)と外宮正殿原寸大模型は圧巻です。展示室では造営に使用した様々な大工道具の展示や、およそ1300年間に渡り伝承されてきた匠の技を紹介しています。

天照大御神を祭る内宮は、外宮から歩いて1時間ほどの所に鎮座しています。内宮の参道沿いの「おはらい町」は古い町並みの雰囲気を残し、電線を地中化して歩車道の段差を完全になくしたバリアフリーで、海鮮物の専門のレストランやお土産屋が並んでいます。このおはらい町通りを抜けると、いよいよ伊勢神宮の内宮の入り口にあたる宇治橋の袂の鳥居に到着です。この鳥居をくぐると神域にはいりますが、この宇治橋は近年、遷宮の4年前に架け替えられることになったそうです。内宮の神域も鬱蒼と茂る森の中にあり、次の大除橋を渡ると、右手に手水舎、そしてその先に第一の鳥居があります。ここで一礼して鳥居を潜るとすぐ右側に「御手洗場」が見えてきます。さらに参道をしばらく行くと、左手に登って行く石段と、その最上部の鳥居が見えてきます。雨に濡れた石段を登りきると板垣南御門、いよいよ内宮の御正殿の外玉垣南御門の前に到着です。御正殿は右手が新宮、並んで左手が旧宮です。ここでも新旧の御正殿を一挙に参拝することができ、雨に煙っていても、檜の白木の香りは気高く漂っています。歩いていて気付いたのですが、内宮・外宮ともに神域内の階段の檜の手摺や塀なども、すべて新調されていました。これら大量の檜材は、中世は神宮の背後にある三つの山の神宮林から調達していましたが、江戸時代からは長野県と岐阜県の木曽山から調達するようになり、さらに、大正年間からは200年計画で神宮林に檜の植林を始めました。そして今回の遷宮には、最初に植林された樹齢約80年の檜が、全体の約20%に使用されたそうです。

飛鳥時代の持統天皇4年(西暦690年)に第1回の遷宮が行われた伊勢神宮。途中幾度かの中断を挟みながらも、伝承されてきた技術、そしてそれを支えてきた宮大工の技量や、樹を切った人々、それを運んだ人々、仕口を刻んだ職人、組み上げた職人。そこに魂を込めた神職。およそ1300年の間、連綿として継承されてきた文化・伝統は、これからも1000後、2000後と受け継がれていくことでしょう。

                            2013
1026



Essay